筋膜の神話をアップデートする
2026/10/1
ー「つながっている身体」から、「力を伝え合う身体」へ ー

こんにちは、WATARU です。
「身体は、すべてつながっている。」
筋膜について学んだことがある人なら、一度は聞いたことのある言葉だと思います。
足底から頭まで。
右の肩から左の股関節まで。
一見離れている場所も、筋膜によって連続している。
この考え方は、私たちが身体を見る視野を広げてくれました。
痛い場所だけを見るのではなく、その人の立ち方を見る。
肩だけではなく、胸郭を見る。
股関節だけではなく、足部や骨盤を見る。
これは大きな前進だったと思います。
ただ、私は最近、もう一歩先へ進んでもいいのではないかと感じています。
「つながっている」という事実を知ることと、「そのつながりの中で何が起きているのか」を理解することは、同じではないからです。

筋膜は「線」よりも、立体的な組織として存在している
筋膜という言葉から、身体の中を長く走る一本のラインを思い浮かべる人もいるでしょう。
けれど、実際の組織はもう少し複雑です。
ヒトの深筋膜を組織学的に調べた研究では、コラーゲン線維は単純に一方向へ並んでいるわけではなく、複数の層をつくり、それぞれ異なる方向性を持って配列していることが確認されています。また、層と層の間には疎性結合組織が存在し、組織同士が滑走できる構造を持っています。Stecco et al., 2006
さらに、筋膜の層間や筋との境界にはヒアルロン酸を含む細胞外基質が存在し、組織間の滑走に関与していることも示されています。Stecco et al., 2011
つまり、筋膜は身体を覆っているだけの膜ではありません。
そして同時に、身体に描かれた単純な「線」でもありません。
さまざまな方向から加わる力を受けながら、変形し、滑走し、隣接する組織との間で力学的な関係をつくる。
私はむしろ、筋膜をそんな「力がやり取りされる環境」として考える方が、実際の動きを理解しやすいと思っています。

「つながっている」ことより、「力が伝わる」こと
筋が収縮すると、その力のすべてが腱を通って骨へ伝わる、とだけ考えるのも単純すぎるかもしれません。
筋とその周囲の結合組織との間にも機械的な相互作用があります。
2004年、Barkerらは未固定の遺体を用いて、広背筋や大殿筋などに張力を加えたとき、腰部筋膜を介して椎骨付着部へ張力が伝達されることを実験的に示しました。Barker et al., 2004
そして興味深いことに、この現象は遺体だけで観察されているわけではありません。
2023年の生体研究では、足関節を他動的に動かした際、腓腹筋だけでなく膝を越えた半膜様筋にも組織変位が生じることが超音波で確認されました。さらに、その変位量は膝関節角度によって変化しました。Mohr et al., 2023
ここには、とても重要なヒントがあります。
「身体のつながり」は、いつも同じように働くわけではない。
関節の位置が変われば、組織の張力も変わる。張力が変われば、力の伝わり方も変わる。
身体は静止した解剖図ではないのです。
ただし、ここには慎重さも必要です。
この生体研究で測定されているのは超音波上の「組織変位」であり、筋膜を通過した力そのものを直接計測したものではありません。
したがって、こうした研究は筋膜を介した力学的相互作用を支持しますが、
「ある場所を伸ばせば、特定の筋膜ラインを通って離れた場所が治る」
というところまで証明しているわけではありません。
この境界は、大切にしておきたいところです。

筋膜は「感じる組織」でもある
もう一つ、見落としたくない側面があります。
感覚です。
胸腰筋膜を調べた組織学的研究では、神経終末を含む感覚神経支配が確認されています。Tesarz et al., 2011
さらにヒトを対象とした実験では、胸腰筋膜へ高張食塩水を注入すると、筋や皮下組織への刺激とは異なる痛みの強さ、持続時間、広がりが生じることが示されています。Schilder et al., 2014
ですから筋膜を考えるとき、
「どこにつながっているか」
だけでは少し足りません。
力学的な伝達。
組織間の滑走。
感覚入力。
これらが同時に存在する組織として見る必要があります。

ピラティスで見るべきものも変わってくる
ここまでの話を、ピラティスの現場に戻してみます。
例えばFootworkを見ているとします。
膝が内側に入る。
骨盤がわずかに回旋する。
足部が不安定になる。
私たちはつい、
「中臀筋が弱い」
「内転筋が硬い」
「この筋膜ラインがタイトだ」
と原因に名前をつけたくなります。
もちろん、それらが仮説になることはあります。
でも、その前にできることがあります。
「この人の身体では、力がどのように伝わっているのだろう。」
フットバーから受けた力を足部はどのように受け取っているのか。
足関節、膝、股関節を通して、骨盤までどう伝えているのか。
どこで動きをつくり、どこで動きを避けているのか。
関節角度や負荷を少し変えたら、その戦略は変わるのか。
そう考えると、観察が変わります。
「悪い場所」を探すことから、
「その人が現在選んでいる力の伝達戦略を理解すること」
へ変わっていきます。
これは筋膜だけを見るという話ではありません。
むしろ逆です。
骨、関節、筋、筋膜、神経系、呼吸。
それらを切り離さず、「動いている一人の人間」として見るということです。

「硬い筋膜」を探す前に
私は「筋膜」という言葉そのものが問題だとは思いません。
筋膜ラインという概念も、複雑な身体を理解するための地図として役立つことがあります。
ただ、地図と現実は同じではありません。
これは解剖学を学ぶときにも、ピラティスのレパートリーを学ぶときにも起こります。
分類することは、理解するために必要です。
しかし分類が便利であればあるほど、いつの間にか身体の方をその分類に合わせて見てしまうことがあります。
「ここが硬いから、あそこが動かない」
と説明できれば、話はきれいに終わります。
けれど、人の身体はそれほど素直ではありません。
同じ姿勢でも、同じ可動域でも、その動きをつくっている戦略は人によって違う。
だから私は、筋膜を見るときにも三つの問いを持っていたいと思います。
「どこで力を生み出しているのか。」
「その力は、どのように伝わっているのか。」
「そして、その人には別の方法も選べるのか。」
最後の問いが、特に重要です。

身体は「つながっている」の、その先へ
筋膜研究が教えてくれる面白さは、「すべてはつながっている」という神秘的な物語ではないと私は思います。
むしろ、
「つながっているからこそ、身体は状況に応じて力の伝え方を変えられる。」
そこに面白さがあります。
足の位置を変える。
関節角度を変える。
支持面を変える。
負荷を変える。
呼吸を変える。
それだけで、人の動きは変わります。
私たちが見ているのは、一本の筋でも、一本の筋膜ラインでもありません。
絶えず条件に適応しながら、力を受け取り、伝え、逃がし、また別の方法を探している身体です。
だから「身体はつながっている」で終わらせない。
そのつながりの中で、
「今、この人の力はどう伝わっているのだろう。」
そう問い直してみる。
筋膜について知ることの本当の価値は、筋膜を特別なものにすることではなく、私たちの「身体を見る目」を少し広げることにあるのかもしれません。
参考文献
Barker PJ, Briggs CA, Bogeski G. Tensile transmission across the lumbar fasciae in unembalmed cadavers: effects of tension to various muscular attachments. Spine. 2004;29(2):129–138. PubMed
Stecco C, et al. Histological characteristics of the deep fascia of the upper limb. Ital J Anat Embryol. 2006. PubMed
Stecco C, et al. Hyaluronan within fascia in the etiology of myofascial pain. Surg Radiol Anat. 2011. PubMed
Tesarz J, Hoheisel U, Wiedenhöfer B, Mense S. Sensory innervation of the thoracolumbar fascia in rats and humans. Neuroscience. 2011;194:302–308. PubMed
Schilder A, et al. Sensory findings after stimulation of the thoracolumbar fascia with hypertonic saline suggest its contribution to low back pain. Pain. 2014;155(2):222–231. PubMed
Mohr L, Vogt L, Thiel C, Behringer M, Wilke J. Myofascial force transmission between the calf and the dorsal thigh is dependent on knee angle: an ultrasound study. Scientific Reports. 2023;13:3738. PubMed





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