同じ動きが、同じ答えにならない理由
2026/11/1
── 身体を見ることと、決めつけることの違い ──

こんにちは、WATARU です。
人の動きを見た瞬間、私たちはその理由まで見えたように感じることがあります。
膝が内側に入る
骨盤が傾く
肩が上がる
腰が反る
そして、目の前の動きに理由をつけます。
「中臀筋が弱い」
「体幹が使えていない」
「股関節が硬い」
「正しいフォームではない」
もちろん、それらが一つの仮説になることはあります。
ただ、ここで区別しておきたいことがあります。
私たちが見たことと、その理由として考えたことは、同じではありません。
「膝が内側に入った」というのは、観察した事実です。
「中臀筋が弱いからだ」というのは、その事実に対する解釈です。
この二つが混ざると、観察はいつの間にか、診断のようなものへ変わってしまいます。

身体を見ることは、思うほど客観的ではない
経験を重ねると、以前より多くのものが見えるようになります。
足部の接地
関節が動くタイミング
呼吸の変化
わずかな重心移動
けれど、見えるものが増えることと、自分の見方が常に正しいことは同じではありません。
シングルレッグスクワットの動作品質を目視で評価した研究をまとめたレビューでは、同じ動きを複数の評価者が見たときの一致度は、全体として中等度でした。
目視による評価には一定の有用性があります。しかし、評価基準を設けても、誰もが同じように見て、同じ結論にたどり着くわけではありません。Ressman et al., 2019
これは、観察には価値がないという意味ではありません。
私たちの観察には、これまでの経験、注目した場所、使っている評価基準、そして最初から
持っていた仮説が影響するということです。
私たちは身体をそのまま見ているようで、実際には、自分の知識や経験を通して見ています。
だから経験を積んだ指導者ほど、
「私は何を見たのか」と同時に、
「私はそれを、どう解釈したのか」を分けて考える必要があります。

同じ形でも、その理由は一つではない
二人のクライアントが、Footworkで同じように膝を内側へ動かしたとします。
一人は、足部でフットバーを押す感覚が曖昧なのかもしれません。
もう一人は、股関節の位置を変えることで、痛みや不安を避けているのかもしれません。
スプリングが重すぎる可能性もあれば、軽すぎて動きを制御しにくい可能性もあります。
足幅、関節の構造、運動経験、疲労、その人の課題に対する理解によっても、選ばれる動きは変わります。
特に痛みがある場合、身体は単純に「特定の筋肉を使わなくなる」とは限りません。
HodgesとTuckerは、痛みに対する運動適応を、筋活動が一律に増えたり減ったりする現象ではなく、筋肉の内側や複数の筋肉の間で活動を再配分する戦略として説明しています。
痛みがあっても動作の目的を達成できるように、身体が負荷の受け方を変えている可能性があるということです。Hodges & Tucker, 2011
腰痛がある人の体幹制御についても、動きを強く固めるように制御する人と、比較的緩やか
に制御する人がいる可能性が示されています。
どちらも、一時的には身体を守る戦略になり得ます。
しかし、身体を強く固めている人と、うまく制御できずに動きすぎている人に、同じ指導が適しているとは限りません。van Dieën et al., 2019
外からは同じように見える動きでも、その人の身体が解決しようとしている問題は違うかもしれないのです。

動きは、その瞬間に身体が出した「答え」
私たちは、観察した動きをすぐにエラーとして捉えがちです。
けれど、その動きは、その人の身体が現在の条件の中で選んだ答えとも考えられます。
その人の身体的な特徴
課題の難しさ
支持面
負荷
周囲の環境
痛みや不安
指導者から与えられた言葉
こうした条件が重なり合って、一つの動きが現れます。
歩行を調べた研究では、歩く場所の幅や床面の硬さを変えると、運動のばらつきや身体各部の協調パターンも変化しました。
運動のばらつきは、単なる失敗ではありません。環境や課題に適応するために、身体が別の方法を探している過程で生じることがあります。Caballero et al., 2019
つまり、今見えている動きが、その人に固定された特徴とは限りません。
条件が変われば、身体が出す答えも変わる可能性があります。
そこに、指導者が介入する意味があります。

キューイングを、小さな実験として使う
Footworkで膝が内側に入っているとします。
そこで「膝を外へ」と伝えれば、動きは変わるかもしれません。
しかし、動きが変わったからといって、
「やはり中臀筋が弱かった」
「本人が正しい動きを理解していなかった」
と結論づけることはできません。
言葉そのものが、注意を向ける場所や運動の組み立て方を変えるからです。
ジャンプ着地を対象とした研究では、動作の直前に与える言葉を変えただけで、身体各部の動きや力学的な数値の多くが変化しました。
観察される動きは、その人の身体能力だけでなく、何を求められたかによっても変わります。Khuu et al., 2015
だから私は、キューイングを「正しい形に直すための言葉」としてだけでなく、仮説を確かめる小さな実験として使いたいと思います。
足部へ注意を向けたら、どうなるか
足幅を変えたら、どうなるか
スプリングを軽くしたら、どうなるか
可動域を小さくしたら、どうなるか
膝ではなく、フットバーの押し方を伝えたら、どうなるか
一度にすべてを変えるのではなく、一つの条件を変えて、もう一度見てみる。
動きが変われば、それは新しい情報です。
変わらなかったとしても、それも新しい情報です。
ただし、その場で動きが変わったからといって、原因が特定できたわけではありません。
そこで分かるのは、
その条件では、別の動きも選べた
ということです。

「直った」と「選べるようになった」は違う
指導後にフォームが整うと、私たちはつい「直った」と表現したくなります。
けれど、一度できたことと、自分で選べるようになったことは同じではありません。
そのキューがなくても再現できるのか
負荷が変わっても使えるのか
疲れてきたときにも選べるのか
別のエクササイズにも応用できるのか
そこまで見て初めて、その動きが本人の選択肢になったかどうかを考えられます。
いつも同じ形を再現できることだけが、良い運動制御ではありません。
目的や環境に合わせて、安定させる場所と動かす場所を変えることも必要です。
私たちが目指したいのは、一つの「正しい動き」に身体を閉じ込めることではなく、
必要なときに、別の方法も選べる身体を育てることなのだと思います。

事実と仮説を、言葉の上でも分ける
観察と解釈を分けることは、指導者の頭の中だけの問題ではありません。
それは、クライアントへ伝える言葉にも表れます。
「骨盤が歪んでいます」
「この筋肉が働いていません」
「その姿勢が痛みの原因です」
こうした言葉は、まだ確かめられていない仮説を、事実のように聞こえさせます。
指導者にとっては短い説明でも、受け取った人にとっては、自分の身体を理解するための物語になるかもしれません。
だからこそ、
「今は右側へ体重が移動しています」
「この条件では、膝が内側に入っています」
「足の位置を変えると、動きやすさが変わるか試してみましょう」
と、今見えていることと、これから確かめることを分けて伝える。
それは、曖昧な指導ではありません。
分かっていることは正確に伝え、分からない部分を勝手に埋めない。
専門家としての誠実さです。

良い指導者は、答えを急がない
指導を始めた頃は、たくさんの答えを持っていることが専門性だと思うかもしれません。
この姿勢なら、この筋肉こ
の痛みなら、このエクササイズ
このエラーなら、このキュー
分かりやすく、安心できる考え方です。
けれど、人の身体を長く見ていると、同じ答えがいつも通用するわけではないことに気づきます。
そこで必要になるのは、答えを増やすことだけではありません。
最初に浮かんだ答えをいったん保留し、目の前の身体の反応から考え直す力です。
観察する
仮説を立てる
一つの条件を変える
動いてもらう
もう一度見る
この循環を繰り返すことで、指導は一方的な修正ではなくなります。
身体との対話に近づいていきます。

見抜くことより、見直せること
同じ動きが、同じ答えにならないのは、身体が曖昧だからではありません。
人の動きが、一つの筋肉や関節だけで決まるものではないからです。
その日の状態
環境
課題
負荷
言葉これまでの経験
身体はそれらを受け取りながら、その瞬間の答えをつくっています。
だから、一度見ただけでは決めつけない。
説明がきれいにまとまったときほど、それが事実なのか、自分の仮説なのかを確かめる。
そして介入した後には、身体がどのような反応を返してきたのかを、もう一度見る。
優れた指導者とは、身体の問題を一目で見抜ける人ではないのかもしれません。
目の前の身体に合わせて、自分の見方を何度でも見直せる人。
私は、その力こそが「身体を見る」ということなのだと思います。
参考文献
Ressman J, Grooten WJA, Rasmussen Barr E. Visual assessment of movement quality in the single leg squat test: a review and meta-analysis of inter-rater and intrarater reliability. BMJ Open Sport Exerc Med. 2019;5:e000541. PubMed
Hodges PW, Tucker K. Moving differently in pain: a new theory to explain the adaptation to pain. Pain. 2011;152:S90–S98. PubMed
van Dieën JH, Reeves NP, Kawchuk G, van Dillen LR, Hodges PW. Motor Control Changes in Low Back Pain: Divergence in Presentations and Mechanisms. J Orthop Sports Phys Ther. 2019;49:370–379. PubMed
Caballero C, Davids K, Heller B, Wheat J, Moreno FJ. Movement variability emerges in gait as adaptation to task constraints in dynamic environments. Gait Posture. 2019;70:1–5. PubMed
Khuu S, Musalem LL, Beach TAC. Verbal Instructions Acutely Affect Drop Vertical Jump Biomechanics—Implications for Athletic Performance and Injury Risk Assessments. J Strength Cond Res. 2015;29:2816–2826. PubMed





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