プロとしてのアップデート

2022/10/1


共感できる顔ぶれに再会して

こんにちは、Wataruです。

本当に有り難いことに、また国内外各地で、ピラティス指導者の皆さんと直接お会いしてコースやワークショップをする機会を頂き、なんとも心地よく、元気を頂ける時間を過ごしています…


でも何故だろう????


理由は、お客様に結果と自分の成長を約束し、成長し続け、好奇心を大切にしている人達の集まりだから、そのパワーに元気をもらえているのだと。


折しも、新しい生体力学的原則をお伝えしている時。

アップデートする事を重んじる感覚に大きく共感させられる機会がありました。











身体や動きを観る時

今日の姿と動きに、その身体が辿った歴史を見る思いがする・・・。

それぞれの身体がもつ個性や特徴を尊重するという気持ちは変わらない。


それを頭ごなしに否定したり、間違いだと言うことは決してない。

その代わりに「アップデート」を提案するようにしている。


必要に迫られたり、利便性や快適さなど様々な理由で続けてきた動作が故に

現在の姿勢や動作がつくられてきた経緯がきっとある。


習慣を変えたり、これまでのものを手放すことを躊躇する気持ちや、変化を恐れる気持ちも少なからずあるだろう。








でも、これからを見据えてより快適で、最適な方法があるとすれば

姿勢や動作の既成概念を書き換えて、今だからこそ、バージョンアップしようではないかと伝える。つまり「アップデート」の提案だ。


勝手な解釈による表現なので、そもそも言葉の使い方として適切なのかどうかはわからない。調べてみるとこんな解説を見つけた。


アップデートとは…

ソフトウェアやデータなどを、より新しいものに書き換えること。ソフトウェアを新しいバージョンの製品に更新する作業や、ハードウェアのファームウェアを最新のものに書き換える作業を指すこともある。一般的に、アプリケーションソフトの細かいバージョンアップの際には、アップデーターと呼ばれるソフトウェアがインターネットからのダウンロードで提供される。


コトバンクより


その時々に利用可能な方法を使って、現状からの更新をする「アップデート」は私達の身体においても必要だろう。


環境、要求されるタスク、目標など、変化を迫られる要因はいくつもある。

姿勢や動きにその人それぞれのこれまでの歩みが宿るとすれば、現在そして未来を見据えたアップデートは至極当然のことだと思う。















プロとしてのアップデート

では、その人の健康と身体を預かるピラティスインストラクターはどうだろうか?

生命を左右する訳ではないものの、身体をその指導に委ねて頂く私達としてもアップデートは必須ではないだろうか。


多くの国では、医療従事者の厳格な資格更新制度がある。

身体のことを突き詰めるほどに、その神秘と発見に年々驚かされる。


学生の時は勿論、ここ数年でさえ、身体の神秘が解明され、常識とされた事、謎とされた事への新説や新技術が誕生している。


現代だからこそ知り得た情報や技術を取りにいく、そして仕事に反映させる姿勢は大切にすべきと考えている。


また勝手な解釈に戻るとする。

アップデートとは何も全てを最新のものにするというばかりでもないだろう。

とかく「最新」「新説」「新型」などの言葉になびきがちなのも事実だろう。


温故知新という言葉もあるように

既存の知識や知恵を再訪して磨きをかけること、省みてバージョンアップすることもまたアップデートの一つだろう。


昔から経験学的に発展してきた身体の観方を科学的に説明することが出来るようになってきている事例もある。


老舗の和菓子なども歴史と伝統の中にその時代の味覚や嗜好に合った塩梅に変えてアップデートし続けてきたからこそ、現代にその味を残しているはずである。


更新と工夫のなかに現状維持がある。


広い視野で、柔軟にあらゆる事柄から学ぶことできる感性は大切だ。その前提のもとジェネラリスト(万能家)ではなく、一つの分野を知識と技術に磨きをかける事によるスペシャリスト(専門家)こそ必要とされる指導者なのだと思う。


自分の体を委ねてお世話になる立場になるとやはり、しっかりアップデートされている人にお任せしたいと思う。


情報が豊富で、選択肢が多様なこの時代こそ意外とその見極めが難しい。

表向きは誰もが素敵につくろうことがあまりにも簡単だからだろうか。


我が家にはテレビがない。だから、テレビをみつけるとなんの気なしにチャンネルを合わせてボーッと眺める時がある。

出張先のホテルの部屋でなんとなくつけていたTVから聞こえてきたのは、今シーズン限りで引退するという、ある野球選手のインタビューだった。


「上手くいったことばかりではなかったが、今よりもっと上手くなろうと思いながら出来た事を思うと楽しいう思いしかなかった」


自分に伸びしろを感じられたり、常に向上しようと思う気持ちや、成長を実感できる瞬間に手応えや、やりがいを覚えます。そこへの欲求が芽生えなくなった時はまさに引退すべきなのだろう。


衰退は絶え間なくこの瞬間も起こっている。


何もしなければ確実に明日は、今日より衰え、年をとる。

トレーニングの重要性を熟知する指導者の皆さんには簡単に理解できることだろう。


日々のセッションを学習の好機として過ごせば、小さな気づきと成功の積み重ねからきっと何かアップデートが見つかるはずだ。


マンネリと倦怠は自ら招いているものに他ならないのかもしれない。

そして自分がそれに気づく前に、お客様はとっくにマンネリに気づいているから恐いことだ。



「資格」があるか?

ここで言う資格とは免許があるか?ということではない。

英語圏などでは度々耳にする表現のように私は感じる。

お客様から、私の健康維持、増進させる事に助けを求めるあなたには、それを任せられるだけのアップデートがされているか?と問われているという意味に捉えてほしい。


またアップデートのお役に立てるよう

私自身もバージョンアップすべく頑張ります。